ももんじ通信

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抗いきれないことへの怒りと絶望・『82年生まれ、キム・ジヨン』

自分ではどうしようもない事項で差別を受けることの虚しさ、あるいは怒り、もしくは絶望というものがある。

努力ではどうしようもない場所で区切られて、劣等・優越を分けられるという場面は誰しもが大小多寡あれ経験していることだろう。

小学生の時に同じクラスだったワタナベくんという子はたいへんレッテル貼りの大好きな子で、小学5年生のある日「男は偉い!頭もすごく良い!」と言い張り始めた日があった。「何が偉いの?」と聞いても、「えらいものは偉い!」の一点張りで、全くわけがわからなかった。言っている本人もわけがわからないという顔をしていたので、訳もわからず世間に「男は偉い!」と言わされていたのだろう。

思えばあれが、自覚的に直接初めて、女という存在に対する差別に行き当たった出来事だったと思う。

中高を女子校で過ごし、ほぼほぼ女子しかいない大学の日文科を出て、大学院に3年通って、在学中に入籍したため、幸福なことにほとんど「良い人いないの?」「付き合ってる人は?」「結婚しないの?」攻撃に遭うことはなかった。代わりに就職でたいへん苦労した。大学の就職課で面接の練習をしても「特に問題はないですね」と大したアドバイスももらえない。

仲の良いと思っていた友人が、酒の席で「結婚なんてしてるやつ、新卒で取りたくない。産休欲しいとしか思えない」と言い捨てたことで大体の世間(という名の、私が採用を受けていたごくごく一部の企業)の自分に対する評価を知った。

どんなに会話が弾んでも、プレゼンがうまく行っても、よほど突出しなければ普通に就職することは叶わないのだと悟った。

 

「料理とかつくるの?家事大変だね」

「旦那さんも家事やってくれるんだ。えらいね」

結婚してから頻繁に言われるようになったのが上の二つのセリフである。正直、私は家事については必要が生じないとほとんどやらないので、むしろ家人の方が家のことはやっている。そんなの家それぞれだと思うのだが、他人はお構いなしに家事の実施状況というプライベートにズカズカと入り込んでくる。大半の場合私が「旦那もやってくれるので……」と申し訳なさそうに言うと「若いのに大変だね!旦那さんもえらいね〜」と続くのである。実際は、私は必要が生じない限り家事をやらないので、実施比率は3(私):7(家人)である。そんなことを見ず知らずの人にお伝えするのは体力の無駄なので、私は仕事もして家に帰れば家事をこなす奴としてその人の中に存在するわけである。

私は勝手に株が上がって万々歳だが、世間の認識がこんな現状になっていると知ったら家人はやり切れないだろうなと思う。

これはある種の男性に対する差別だと私は思う。ジェンダーが蔓延っている中で、役割から外れた部分は過度に主張しなければ無かったことになってしまう。だから「イクメン」や「家事をする夫」は過剰に取り沙汰されるのだろう。それに対して女性が「私たちも当たり前にやってるのに!」となる。まさにいたちごっこである。

また、枠内の行動を少しでも行っている場合には、それを匂わせるだけで枠内のことは全てきっちりやってることになってしまう。私の家事がいい例だと思う。

 

キム・ジヨン』は一般的な83年生まれの女性が辿ってきた当たり前の人生をなぞる小説であり、無名の人物の伝記を淡々と読んでいくようなそんな物語である。

女性に対する潜在的な差別が空気のように描かれ、それに抗う者がキム・ジヨンの周りには時折現れるが、彼女自身は抗うことはせず、目の前の状況を飲み込んでいく。

こんな、彼女たちが目の前に出されて飲み込まざるを得なかった状況が陳列されていくことで、女性差別だけでなく男性差別(たとえば、物語の中で女性を差別する立場として登場せざるを得ないのは差別のひとつである)さえも浮き彫りにしていくものと思う。

認識が次の一歩への足がかりともなるだろう。

 

82年生まれ、キム・ジヨン (単行本)

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